All I want for Christmas is you〜原田雅功


 鳴の腕の中からオレへと手渡されようとした赤ちゃんは泣いてそれを拒絶しようとする。鳴はオレの顔を見たとたん火が付いたように泣き出した自分の子供を抱き直すと、あやすように背中をポンポンと叩く。その顔は幸せそうだ。

「ごめん、雅さん」

 そう言うと鳴は子供を抱えたままキッチンへとむかった。鳴はキッチンにいる自分の嫁さんに子供を託すと、代わりにアイスクリームを二つ持って戻ってきた。そのアイスクリームはオレが手土産に持ってきたものだ。北海道の有名な店のもので、こちらに帰ってくるときにはよく頼まれる人気のものだ。細やかな細工をされたガラスの容器に入っただけで、アイスクリームは実際の値段よりも高級に見える。

「…すまん」
「いいよー、べつに。つーか、こっちこそごめんねー。普段は人見知りしないんだけどさ」

 オレの前にもアイスクリームを置くと、鳴はアイスクリームをスプーンですくいながら、首をかしげる。普段人見知りしないと聞けばなおさらオレの問題かと地味に凹む。せっかくお祝い持ってきてくれたのにね、ともう一度ごめんと鳴は口にした。鳴にこんなにごめんと言われることはそうないだろう。

 今シーズンの初めに生まれた鳴の長男の出産祝いを持って、鳴の自宅にきていた。シーズン中はリーグが違うから会うことができなかったので、今日、生まれたと聞いてから初めて鳴の子供を見た。鳴に似た色素の薄いふわふわの髪に、ぷっくりとした頬に、本当にあの鳴が父親になったのだと妙に感慨深い。

「雅さん、更改は? 一発OKすんの?」
「24日だな。まぁ、OKするかどうかは評価しだいだけどな」
「へーえ、どんだけ評価されてるか楽しみだね。オレ負けちゃうかなー」
「最多勝投手が何言いやがる」

 シーズン途中から打撃不振に陥った先輩キャッチャーの代わりにマスクをかぶることが増えた。捕手としてまだまだ課題があると自分でも思っているが、打つ方は伸び伸びとさせてもらえたせいか、上出来といえる結果を出せたのだ。オレもそれなりに球団の評価は期待している。

 けれど、すでに結果を出して評価を待つだけの契約更改よりも、今オレの心を占めるのは自分の彼女のことだ。

 今シーズンから羽田と新千歳を往復することが増えたオレは、たまたま機内で高校のときの同級生だったと再会したのだった。その時は懐かしさで話がはずんだだけだと思っていた。けれど合コンでの人気職のが同級生だと知った先輩が合コンをセッティングしろというので彼女の仕事仲間も一緒に食事に行くことになった。それがとても楽しくて、それ以来、よく会うようになった。彼女もオレと同じ気持ちだと気づくのに時間はかからなくて、夏頃から付き合い始めたのだった。

 そんな彼女と初めてのクリスマスがやってくる。けれど何をどうしたらいいのかさっぱりわからない。

 今までどうしてたか思い返してみようとしたけれど、基本受け身の恋愛しかしてこなかった。そのせいで長続きしなかったのだと、今ならわかる。今の彼女はこれまでのオレとは違った。自分から彼女に会いたいと思うことが多くて、行動を起こしていた。たぶん、それだけ彼女が好きなのだ。

 そして、来シーズンからオレは札幌に住むことになる。今年のように千葉と掛け持ちのはしご出場は終わりだとすでに球団から言われている。それはつまり、一軍定着ということだ。素直にうれしかった。しかし、そうなるとこっちに住んでいる彼女と会う時間はまちがいなく減るだろう。

 リビングに置かれた大きなクリスマスツリーが眩しく感じる。鳴の生活はすでに家庭を持った暖かさと幸せに包まれている。あの鳴が、と稲実のOBなら誰しも思うだろう。オレだってこうして目にするまで本当に父親なんてできてるのか半信半疑だったくらいだ。

 ふと、ツリーに違和感をおぼえた。よく見れば、飾りは上の方にしかなく、下の方はプラスチック製の葉が無残にもむしられて散らばっている。オレの視線に気づいたのか鳴は笑った。

「つかまり立ち始めちゃってさー。下の方は全滅。倒れないように強く固定するの大変でさ、福ちゃんに頑張ってもらっちゃったよ」
「福ちゃんに世話ばっかかけてんじゃねぇぞ」
「いーじゃん」

 拗ねたように口をとがらせる姿は高校時代から何一つ変わらない。マウンドで見せる姿は相変わらずの俺様エース様なのに、時折見せる何かを守る意思を持った顔は意外だった。家庭を持つっていうことが鳴にとってどれほどプラスになっているかがよくわかる。

「家族ってすげーやる気出るよ。雅さんも早く結婚しちゃえばいいのに」
「うるせぇ」

 こっちは、やっと自分から動く恋愛を始めたところで、初恋といって差し支えないほどすべてにおいておぼつかないというのに。

「まだ付き合い始め…」
「へぇ! そうなんだ! じゃあクリスマスどうすんの、ねぇ、どうすんの。ていうか、どこの誰っ」

 うっかり口を滑らせてしまった。鳴は目を輝かせて嬉々として食いついてくる。くそ、失敗した。

「関係ねぇだろ」
「ちぇー、雅さんのケチー」

 口をとがらす鳴に、子供を抱いた鳴の嫁さんがやってきた。子供は眠ったらしい。それに気づいて鳴はあぐらをかくと自分の足に毛布をかけて、そこに長男を受け取った。余った毛布を上からかけてやる。そのあどけない顔は驚くほど父親の顔をしていた。

「抱っこはさー、あんまりすんなって言われてんだよね。これも足しびれっけどさ」

 すやすやと自分のあぐらを組んだ足の上で眠る長男の頬をつつきながら鳴は笑う。少しでも子供に関わりたいのが見て取れた。きっと抱っこは腕と肩への負担があるだろうからあまりするなとコーチか相棒であるキャッチャーに言われているのだろう。今シーズンから鳴の相棒はクリスだ。

「クリスは厳しいだろ」
「厳しすぎ」
「そうだ。来週、クリスさんと妹と一也が遊びに来るんだけど、雅さんも彼女と来る?」
「何だ、その面子」

 御幸がいる時点でお断りだ。アイツとはリーグが一緒で煮え湯を何度か飲まさせている。馴れ合う気にはさらさらなれない。

「ははっ、ほんとに一也のこと嫌いだよねー」
「じゃあ、また違う日に彼女と一緒にいらしてください」

 鳴の嫁さんは食べ終わったアイスクリームの器を片づけながら穏やかに笑う。

「彼女にクリスマスプレゼント買ったの?」
「いや」

 何を買えばいいのかわからなくて困っているのだ。夜景の綺麗なレストランとかバーとかあまりに無縁の生活だったため、会う場所すら決めかねている。

「悩むよね。コイツも何にもいらないとか言うしさ」

 と、鳴は自分の嫁さんを見る。

「何でも買ってやれんのにさー」

 不服そうな鳴に嫁さんは幸せそうな顔をするだけだ。その表情はオレの彼女もオレに向けてよくするものと同じだなと思った。

「一緒にいれるだけでいいの」
「わっ、聞いた、雅さん! オレの奥さんかわいーよねー!」
「…いちゃつくのはオレが帰ってからにしてくれ」

 慌てて照れる嫁さんに鳴も少し頬を赤くして見つめ合っている。そのひざにはスヤスヤと二人の愛の証ってやつが眠っている。きよしこのよる、そんな言葉が頭に浮かぶ。まさにクリスマスにふさわしい絵面だと思った。




 車窓に街のイルミネーションが映りだす。まるで流れいくような幻想的な光は現実から迷子にさせられそうだと思った。

「MEIって成宮くんなんだよね?」
「あぁ。知ってたのか」
「そりゃあ、高校のときから有名だったもん。雅くんも」

 助手席でくったくなく笑うになぜか安心した。街はクリスマスで溢れていて、そんな空気を今まで気にしてなかっただけに居心地が悪い。けれどが隣にいると、まるで確信めいたように「ここだ」と思う。たぶん、鳴のように「守る」っていうよりもオレの方が「守られている」と感じるそんな場所。

 どうせ考えたって、気の利いたことなでできやしないのだ。

「クリスマスのプレゼントは何がいい」

 開き直ってストレートに聞いてみる。すると思っていた通り、いつもオレにむける笑顔になる。

「別に何もいらないけど…一緒にいれたらいいかなぁ」

 ちょっとはにかむ様子に、心が囚われて、うっかりアクセルから足が浮きそうになる。あわてて気を引き締める。事故ったらシャレにならない。手近なところで車を止めた。

「それな、逆に困るんだよ。こっちは野球しかやってこなかった野球バカで、喜ばせてやれることなんて考えつかねぇから。わがままでも何でも言ってくれた方が助かるんだよ」

 カッコ悪いにもほどがあるが、今更取り繕ったってしかたない。

「ほら、何かのブランドの鞄とかアクセサリーとか、そういうのねぇのか」
「そういうの自分で買ってるから。あぁ、そうだ」

 何かに気付いたように後部座席に置いてあった紙袋を取る。中から細長い包みを出して、オレに渡す。

「ロンドンで買ってきたの。ちょうどセールだったし」

 遠慮なく開けると包みの形から予想された通り、ネクタイが出てきた。オレはポロが好きなので、普段の服装はポロシャツやトレーナーのようなものばっかりだ。いつだったか、鳴に雅さんはポロ好きだよね、好きすぎだよねと笑われて、ポロが好きで悪いかと開き直ったこともあった。そんなオレだから普段はネクタイをすることなどほとんどない。ただもうすぐある契約交渉にはスーツにネクタイで行くけれど。たぶんそれを知って買ってきてくれたのだろう。

「最近そういの流行ってるんだって」
「…そうか」

 オレには何がどう違うかもわからないけれど、がそう言うならそうなのだろう。そして、はたと気づく。

「オレがもらってどうすんだよ。おまえのプレゼント聞いてんのに」
「それ別にクリスマスプレゼントじゃないしね。私が雅くんにつけてほしくて買ってきたものだから…」

 そこで口を閉ざす。何を逡巡しているのか、伏目がちにキレイに整えられた自分の爪を触っている。

「何だ」

 言いにくそうなので、先を促してやる。それでもなかなか顔をあげない。こういう沈黙は得意じゃない。胃の奥をぎゅっとされるような気持ちになる。ノーアウト満塁でミットをかぶってるときよりも緊張感がある。その緊張を振り払いたくて、そっとに手を伸ばす。体を少しシートから浮かせて、助手席によせる。が顔をあげるのとほぼ同時にくちびるを落とした。

 くちびるを離して目を合わせると、は両手をオレの首へとまきつける。ぎゅっと強い力で引き寄せられて、の首筋に顔があたる。なめらかな肌に吸い付きたくなる。

「契約更改って」
「あ?」

 急に話出すにとまどって、聞き返す。

「ネクタイ、ね」
「ああ」

 どうやらさっきの話の続きらしい。から直に香る匂いに酔いだしているオレには、話なんて後でいいのになんて思わなくもない。

「契約更改のときってスーツでしょ。このネクタイしてほしいの」
「わかった…けどよ」

 たかだかそんなことを言うのにあんなにも逡巡していたのか。ちょっと拍子抜けする。

「それがクリスマスプレゼントでいいから」
「…そんなんでいいのか」
「うん。だってテレビにも映るんでしょ。私が選んだネクタイした雅くんが」

 オレはの気持ちが正直理解できない。けれど、そうして欲しいというのなら、それがクリスマスプレゼントでいいというのなら、がいいならそれでいい。

「すごい独占欲丸出しでしょ」
「そんなのが独占欲か」

 思わず苦笑する。それならオレの独占欲の方がもっと強くて、きっと始末に悪い。

 笑ったオレの息がくすぐったかったのか、は身を少しよじると、さらに腕に力を入れてきた。独占欲なのか。それだけのことが。それならオレもやっぱり何かプレゼントしたい。オレのものだという証になるようなもの。それが何がいいかを聞く前に、今は、この熱い欲をに吹き込んむ方をオレは選んだ。




Thanx&Love!
リクエストしてくださいましたポロ様へ
20141224