高1 初夏


学年集会が終わって、教室へと戻る途中、オレはいつものようにちゃんの姿を目の端で探す。だいたい倉持の好きな女と仲がいいから、倉持をみつければ、自動的にちゃんもみつかるって寸法だ。
きょろきょろして、誰探してるんだと聞かれれば、倉持って言えばみんな納得する。誰もオレがちゃんを一目見たいと思っているなんてわかりっこない。

そうやって一目見れることをささやかな幸せにしている。

なのに、なんで今日にかぎって、倉持がコッチくるんだよ。

「御幸、ちょっと来てくんね?」
「何だよ」

倉持は一人だ。これではちゃんを探せない。

「手ぇ貸してくれ」
「手?」

オレの問いかけも無視して、倉持は人波に逆らって歩いていく。仕方がないのでオレはそれについていく。

と、倉持の姿の先にちゃんの姿が見えた。

ちゃんは倉持の好きな女に支えられながら立っている。右足を少し浮かせているところを見ると、右足を痛めたんだろうか。

「オレがおぶってやるわけにいかねーし、オマエ、のこと保健室まで連れてってやってくんねぇ?」

倉持は悪ぃなと肩をすくめた。

「何で、オマエが連れてけばいいんじゃねぇの」
「あのなー、オレはアイツのこと狙ってんのに、目の前で他の女おぶるわけにいかねぇだろ。察しろよ、それくらい」

倉持は小声で早口でまくしたてる。ちゃんの友達を狙ってるのは知ってたけど、なんでオレがそれに協力しなきゃなんねぇんだと不満を顔に出しつつ、内心はちゃんに近づけることでの喜びでいっぱいだ。

「しょうがねぇなぁ」

仕方ない風を装って、ゆっくりと歩く。ゆっくりと歩かなければ、逸る気持ちが抑えきれずに暴走してしまいそうだからだ。

すると、ちゃんに誰か男が話しかけてきた。心配そうに足を見て、何か言っている。ちゃんは手を胸の前でふってる。大丈夫ですって感じだろうか。

誰だ、あの男。遠目ではわからない。

そこにもう一人女子がやってくる。男と何か話して、ちゃんにも何か言っている。ちゃんは必死に首を振ったり、手を振ったりして遠慮している感じだ。

しばらくそんな押し問答のようなことをした後、男がちゃんに背を向けてすわった。まさかなと思うけれど、あとからやってきた女子がちゃんをその背に乗せようとする。

そして、ちゃんはその男の背に乗っていってしまった。

茫然とそれを見送った。倉持も同じように茫然としている。
立ち尽くしているオレたちに気づいた、ちゃんの友達が足早に近寄ってきた。

「どうなってんの」

倉持の問いに彼女はごめんねと謝った。

「先輩が連れて行ってくれて、あ、でも、あの先輩はあの付き添ってくれた女子の先輩と付き合ってるから、にどうこうってないし…すごくいい先輩たちなの。も断り切れなくて…あの…ごめんね」
「え、いや、オレは別に。じゃ、戻るわ」

何もなかった顔をして、オレは自分の教室の方へと歩き出す。けれど抑えきれない苛立ちが、さっきとは逆に足を速めさせた。

くそ、さっきももっと早く歩けばよかった。あの男がちゃんに話しかける前に、行けばよかった。

そんな後悔が胸によぎって、なおさら自分に腹立たしさを覚える。

彼女とどうこうなんて考えてたわけじゃない。ただ、少し気になるだけの女子で、一目見れるだけで満足する程度でいいって思ってたはずなんだから、これでいい。仮にちゃんをおぶったりなんかしたら…きっと彼女をどうにかしたくなる。いや、オレがどうにかなっちまう。

今はまだ、野球にだけ没頭しておきたいのだから。だから、これでよかった。

そう自分に言い聞かした。それでも、何か苦い思いは胸に巣食ったように消えてはくれなかったけれど。






20150118