初詣(高1・両片思い中)


昨晩、倉持くんと付き合っている友達からメールがきた。今日、野球部がそろって学校近くの神社に初詣に行くらしいので一緒に行こうということだった。

友達は倉持くんに少しでも会いたいから行くのだろう。でも野球部の団体行動みたいだし、一緒にはいれないから付き合ってと。でもたぶん、私が一也くんのこと好きだってわかってるから誘ってくれたに違いない。恩着せがましくないのが彼女のとてもいいところだ。

空は綺麗な薄い水色で、空気も心なしか凛としている。どんなに人が多くても、その雰囲気は変わらない。神社の空気って不思議だなといつも思う。待ち合わせの場所まで、まだ時間があるからゆっくりと参道を歩く。

参道の両脇の屋台に少し目をうつしながら、人波に乗って歩く。少し歩きにくいのは人が多いだけじゃなくて、おばあちゃんに着せてもらった着物のせいもある。大正時代の着物は色柄があざやかで、アンティークな感じがとてもかわいくて、気に入っている。元旦にも着せてもらったけれど、友達と会うということで気分もあがる。ただちょっと樟脳の匂いが気になるけど。

待ち合わせ場所を確認するように目をやると、同じように着物を着た友達と、すでに倉持くんがいた。すごく楽しそうだし、邪魔したくないから、少し歩調をゆるめた。

倉持くんがもういるってことは、一也くんもどこかにいるんだろう。一目見れるといいな。倉持くんは野球部のウィンドブレーカーを着ているし、きっと一也くんも同じ姿だろう。みつけようと楼門の先に目をこらす。すると一角に野球部のウィンドブレーカーを着た集団をみつけた。そして、すぐに一也くんもみつけた。

たくさんの人がいて、同じ服を着てても、どうしてだか、すぐにわかる。

一也くんを一目見れた、それでもう今日は十分だ。

おみくじの大吉をひいたようなうれしさを感じる。私にとっては一也くん自身が大吉みたいなものだし。

〜!」
「ごめん、遅くなって」

友達が私に気づいたので、小走りで近づく。倉持くんも手を挙げてくれる。

「あけましておめでとう」
「今年もよろしくー」
「おー」

なんて、ひとしきり挨拶をした後は、お互いの着物の褒め合いだ。倉持くんも心なしかゆるんだ表情で彼女を見ている。

「写真、二人で撮った?」
「まだ〜」
「私、撮るよ」
「サンキュー」

友達と倉持くんの携帯で二人の写真を撮る。ラブラブ加減が写真にまで写りそう。うらやましい。撮った写真を確認すると、倉持くんがお前ら二人で撮ってやるよと言ってくれる。着物姿二人できゃっきゃと盛り上がって撮ってもらうと倉持くんが自分の携帯でも私たちの写真を撮った。彼女一人の撮ればいいのに。写りこんで申し訳ない気持ちになる。

「ごめんね、私もう洋一とお参りしちゃった」

友達は手を合わせて私に謝る。そんなの全然いいのに。私は一也くんを見れたから、もう今日は大満足だし。

「じゃあ、私、手してくる」

私は人がたかっている手水社に向かった。





野球部でそろって学校近くの神社に初詣をするのは、恒例行事らしい。彼女持ちの部員はこの時に待ち合わせをして会うらしい。そんなやつらのそわそわした空気をよそにオレはただ、面倒くさいなと思っていた。

「倉持、彼女来てるじゃん」
「生意気だよね、倉持のくせに」

なんて、先輩のひやかしの声を聞きながら、倉持は彼女の方へとにやついて向かう。倉持の彼女は着物姿で、なんとなく関係のないオレらもおー、なんて感嘆の声をあげていた。

倉持の彼女はちゃんと友達だ。一瞬だけ、もしかしてと期待したけれど、倉持の彼女は一人でそこに立っている。

そんなに都合のいいことあるわけねぇな。

あきらめて、彼女なしの残念な集団と行動する。その間に何人かクラスメイトに声をかけられたり、一緒に写真を撮られたりした。女子に声をかけられるたびに、これがちゃんだったらな、なんて失礼なことを思う。

おみくじをひいて、その結果にチームメイトたちと盛り上がってた。その時、ごめんなさいと小さい声とオレの脇の横から手が伸びてきた。その先にはみくじ筒だ。みくじ筒を取りたいのだろうと、体を横にする。伸びてきた手の袖は艶やかな着物で、みくじ筒には届かない。着物だし動きにくいのかなと思って無意識にみくじ筒を取って、その手に渡そうとした。

「あ、ありがとう」
「…うん」

手の主はちゃんだった。

時間が止まったかと思った。それくらい見惚れてしまう。会える期待をすっかり捨ててしまっていただけに、この不意打ちには心がゆさぶられた。

ちゃんはオレのそんな熱っぽい目に気づくこともなく、オレが片手で取ったみくじ筒を両手で重そうに持って、カシャカシャと振る。みくじ棒を出そうと筒を逆さにするさまも、頼りなげでつい、手を出してしまう。オレが何かあったらすぐにもてるように触れない程度に手を出したことに気づいて、ちゃんは顔をあげて笑顔でオレを見る。それだけでオレの心が浮き立ってしまうっていうのに、ちゃんはすぐに視線を外して、みくじ棒を出すことに集中する。

出てきたみくじ棒の番号は、さっきオレが引いたのと同じだ。同じ、という偶然に喜びそうになって、はたと気づいた。

「オレと同じ」
「ほんと?!」

ちゃんは目を丸くして驚いている。同じものを引いた偶然に素直に驚いているんだろう。おそろいなんて邪まなのはオレだけだ。それに、なにより。

まだ結んでいなかった、おみくじをポケットから出して、ちらりとちゃんに見せた。

「…凶」
「そ。凶」

おみくじは「凶」だ。

「どうする? もらってくる?」

おみくじはみくじ番号を言っておみくじをもらう。その時にお金も払うし、凶にわざわざ払うこともないんじゃないかと思って聞いてみる。ちゃんはしばらくオレのおみくじを見て、丁寧な手つきをそれをオレに返す。わざわざオレから見て正面になるように。

「もらってくる。私には…悪くないし」
「え、そうなの」

どこが、と聞こうとして、おみくじに目を落とす。細かい文面は見てなかった。「願望」のところに「心を正しくせよ」とあって、甲子園行くのにどう心を正しくしろっていうんだと、ふてくされたくらいで。ちゃんは何がいいんだろう。まさか、恋愛の項目じゃねぇよなと、見てなかったその項を見ようとした。

「じゃあ、もらってくる。あの、えっと、今年もよろしく」

ちゃんはみくじ筒をオレの前の台に置くと、そう言ってちょこっとだけ頭を下げた。その姿にオレの顔はゆるむ。なんでこんなかわいいんだろうな。

長めの袖をゆらゆらさせて、おみくじをもらいにいくちゃんの後ろ姿をずっと見てた。





おみくじを引いている間、待っていてくれた友達の元に戻る。

「どうだった?」
「うん、良かった。凶だけど」
「えっ」

凶だと言うと友達は目を丸くしたけど、私は笑っておみくじを見せた。

「恋愛のとこ」

恋愛の項目には「ときがくるまで待ちなさい」とあった。凶のわりには悪くないと思う。とき、がどういう時なのかはわからないけど、とりあえず待ってるだけでいいなら、まぁいいかなと思った。

「これ、良いかなぁ」

友達はいぶかしげに首をかしげる。でも、まぁと笑う。

には向いてるのかもね」
「でしょ」

それに何より、一也くんと同じだし。一也くんに会えたし。あんなに間近でしゃべれるなんて思ってもいなかった。どこが凶なんだっていうくらい。

一也くんはいつも優しい。みくじ筒を取ってくれた優しさは、決して私だとわかってしてくれたことじゃなくて、誰であってもしたことなんだろうけれど、それでもその優しさに触れられたことがうれしい。

「今年の運はもう使い果たしたかなぁ」
「えー、早いよ」

笑う友達につられて私も笑った。笑う門には福来る。今はそれで十分。





まじまじとおみくじを改めて見る。恋愛の項目に少し苦い思いをする。オレは意外にせっかちで待つのは得意じゃない。やっぱり焦ったら失敗するぞっていう戒めが含まれているのだろうか。これが自分には良いといったちゃんの真意がわからない。

誰か好きなやついんのかな。

考えただけで、嫌になる。

おみくじを放り出して、投げやりな気分で横になる。その時、倉持からなぜかメールがきた。なんでメールなんてと開いてみれば、今日の初詣で撮った写真が添付されている。

オレは面倒で1枚も撮らなかったから、気を利かせてくれたのだろう。と、もう1枚添付されているの気づく。それと同時にオレの部屋の扉が開くと倉持が顔を出した。

「悪ぃ。間違って関係ねぇの送っちまったし、消しといて」
「はぁ?!」

何だよそれと聞き返す前に倉持は扉を閉めてしまった。関係ないってなんだと見てみる。

そこには着物姿の倉持の彼女と―ちゃんの姿。

倉持が本当に間違えたのかわからないけれど、ここは素直に感謝しておくことにした。


*凶はメ(芽)が出るって解釈もありますしね。







20150109