太陽のジェラシー 1話


 お互い「あ」という顔をした。一度そんな顔をしてしまえば、もう知らないふりはできなくって、とまどいながらも私は彼に近寄った。窓を背にしている彼は逆光になっているけれど、その整った顔立ちは教室の中で十分に目立つ。

「江戸川の一也くんだよね」
「そ。鳴の応援団だよな」

 鳴の応援団― なるほど、私たちは対戦相手からはそんな風に見られていたんだと初めて知った。

 幼馴染の鳴ちゃんの野球の試合をよく見に行っていた。いつからか鳴ちゃんは対戦相手だった、一也くんと仲良くなっていた。直接紹介してもらったことはないけれど、一也が一也がと話すので私も顔と名前だけは覚えていた。もっとも一也くんが私を見知っていたのはちょっと驚きだけれども。お互いに知った人間を間に挟んでいるせいか、最初からさばけた口調になった。

「なんでココに?」

 一也くんの言葉に私の顔が一瞬にして曇ったのが自分でもわかった。一也くんも感がいいのか、バツの悪い顔をした。

 ここは青道高校の教室で、今日は入学式だ。私はもちろん、一也くんも今日から青道高校の一員になるわけだ。一也くんの言葉には「なんで稲実じゃないの」が含まれている。そりゃあ、私だって、行けるものなら稲実に行きたかったけど、受験の結果はこの通り、稲実は不合格だったのだから仕方ない。

「落ちたの」
「わ、ワリィ」
「いいの。春休み中、散々親にも鳴ちゃんにもお姉ちゃんたちにもバカバカ言われたもん。今更、一人くらい増えたって…いいもん」

 自棄になって言うと一也くんはまぁまぁ、となだめてくれた。

「オレとしては、かわいい子が同じクラスに一人でも多くいるのはうれしいけどね」
「無理やりなフォローありがと」

 イケメンらしい軽口に少し心が軽くなる。鳴ちゃんなら絶対にこんなフォローしない。

「バカ? バカなの? 違うか、大バカ。ほんと何やってんの。信じらんない。バーカバカ」

 脳内に春休み中に散々聞かされた鳴ちゃんの嫌味がこだまする。

「で、マネになって、スパイでもしとく?」
「まさか。私、ルールよくわかってないもん」

 私の言葉に一也くんは驚いたのか、目を丸くさせた。

「ウソだろ。あんだけ鳴の試合見に来てて…」
「ホントだよ。だって、私らは鳴ちゃんの応援してるだけだもん」
「…それ、鳴しか見てないってこと?」

 少しあきれたように一也くんは頬をかく。

「まぁ、そうなるのかな」

 私ら―、鳴ちゃんのお姉ちゃんたちと私のお姉ちゃんたちと私―は鳴ちゃんが大好きで、鳴ちゃんを応援しに試合に行っていただけだ。野球のルールなんてどうでもよくて、鳴ちゃんが投げて、打って、走ってる。それを見るだけでよかったからだ。

「ほんとに鳴の応援団だな」

 一也くんはあきれるのを通り越したのか感心したようにつぶやいた。
 
 まぁ、あきれられても仕方ないかもしれない。

 けれど鳴ちゃんは私たちの町内では期待のヒーローなのだから。元々野球が盛んな地区なのに、うちと隣の成宮家には同じ年同士の姉妹しかいなくて、野球好きのお父さんたちは何としても男の子がほしいと言っていたらしい。そして少し離れて生まれたのが私と鳴ちゃん。成宮家は歓喜に沸き、その反対に我が家の落胆ぶりは半端なかったらしい。もっともそのせいか、我が家の鳴ちゃんへの入れ込み方は凄まじい。

が男だったら」
「鳴とバッテリーだったのになぁ」

 なんて、酔っ払って父親たちはいまだに話していたりもする。

 当の鳴ちゃんはそんな親たちの期待を知ってか知らずか、野球が大好きで、しかも有望選手へと育っていった。さらに弟の誕生が嬉しかった鳴ちゃんのお姉ちゃんたちはもちろん、私のお姉ちゃんたちも鳴ちゃんがかわいくて仕方ないとばかりにちやほやともてはやした。だから私はその横で何でも鳴ちゃんが中心だということを当たり前だと思って育ってきた。

 私にとっては、ただ、鳴ちゃんが世界の中心で太陽だった。それはずっと続くと思っていたのに。幼稚園も小学校も中学校もずっと一緒で、まさか高校でこんなことになるなんて、私だって思ってもいなかった。正直、鳴ちゃんのいない高校生活をどう過ごせばいいのかもわからなくて、不安でたまらなかった。突然太陽がなくなって、暗闇に一人で放り出されたような心細さがあった。

 だから、こうして鳴ちゃんのことを知っている一也くんと偶然にも同じクラスになれたのはとてもうれしかった。

「とりあえず、これからよろしくね」
「こちらこそ」

 そう言ってニカリと笑う一也くんが、思い出したように、苗字は成宮じゃないよなと言うから、笑ってしまう。そして私も苗字は江戸川じゃないよねと言うと、一也くんは大きく吹き出した。遠慮のないその笑いは私に鳴ちゃんがそばにいなくてもやっていけるかもと小さな勇気をもつのに十分だった。


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20141201