その胸に抱く眩しさで 第7話


 ついにバレンタインの日がやってきた。連休の間にチョコの用意はすませた。二岡くんと仁志くんにはほんとに義理のもの。それでも選ぶのには時間はかかった。何だか、あんまりにも義理すぎるのもどうかなって思うし、だからといって本命と勘違いされては困るからだ。ほどよい値段と見栄えのものに落ち着いた。

 メインの伊佐敷くんの物は二人と同じお店のものだ。渡したときに伊佐敷くんだけ紙袋が違うというのを避けるため。中身は二人の倍。気持ちは倍なんてどころじゃないんだけど。お小遣いではこれが精一杯だったから。

 二岡くんや仁志くんはハイってみんなの前で渡せないこともないけど…伊佐敷くんにだけは誰にも邪魔されないところで渡したかった。流れによっては告白できればいいと思っていたから。

 連休前にそれとなく、クリスくんに伊佐敷くんの好みを聞いてみると、チョコの好みとは関係のない返事が返ってきた。

「…誰もいないところで渡したいなら、朝、第二グラウンドの裏にくるといい。純に行くように言っておいてやる」

 驚く私にクリスくんは口の端をあげた。どうやらクリスくんは私の気持ちを知っていたらしい。

「ありがとう…でも、来てくれるのかな」
「保障するよ」

 何故かクリスくんは自信満々にそう言った。その自信がどこからくるのかはわからなかったけれど、クリスくんにそう言ってもらえると、少し安心するから不思議だ。

 遠征の翌日なので朝練は軽めで早く終わるからと8時前くらいがいいだろうと教えてもらった。

 今、7時50分。伊佐敷くんは本当に来てくれるだろうか。

 キンと頭の奥が痛くなるような寒さの中で、私はただ、待った。白く煙る朝靄のグラウンドは少し先すら見えない。まるで私の未来を暗示しているようで、怖気づきそうになる。それをこらえるように手にした伊佐敷くんへのチョコが入った紙袋を握りしめた。

 伊佐敷くんにどう私の気持ちを伝えたらいいだろう。何だかもう「好き」の二文字では表すことなんてできないくらいに、想いは大きくなっている。

 ぶっきらぼうな態度の後に、目を細めてクッと笑う横顔とか、聞いてしまったコッチが恥ずかしくなるくらい熱く野球のことを語っている時の横顔も、小湊くんにやりこめられて口をへの字に曲げた不機嫌な横顔だって、いつでも鮮明に思い出せるくらい、伊佐敷くんを見て心にとめてきた。

 そうやって思い返せば、表情豊かな横顔ばかりが印象的だった。正面から見た伊佐敷くんの顔は、いつだって無表情だった。

 …私の顔を見ているときは無表情ってことなんだよね…

 ダメダメ。頭を振って嫌なことを追い出して、笑顔の練習をする。笑って、笑って、笑って。伊佐敷くんが無表情でも迷惑そうな顔をしても、私は笑顔でいなくては。せめて伊佐敷くんの目に映る自分の顔は笑顔であってほしいから。

!」

 白い靄の向こうから伊佐敷くんの声がした。私の名前を伊佐敷くんが口にしてくれるのは、どのくらいぶりだろう。それだけで嬉しい。ここに来てくれただけで嬉しい。私の片思いも、もう終わってしまうかもしれないけれど、伊佐敷くんの声をきいて不思議と落ち着いた。

 私って意外に肝が据わってるのかも。

「伊佐敷くん」

私を呼んだ声のした方向へ、私も声を出した。大好きな、人の名前を。



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20070430