その胸に抱く眩しさで 第4話


 ごめんね、ごめんね、と泣くの声が胸をしめつけた。謝らなくてはいけないのはオレのほうだと思っているのに、言葉にならなかった。汚れてしまったの顔も、その手に持たせた汚れたオレのTシャツも、自分の不甲斐なさが形になって現れているようで、自分自身に憤る。

 今年の体育祭は俄然やる気に満ちていた。それというのもと大縄跳びで一緒になったからだ。を他の女子とは違う目で見出したのは、まだ隣のクラスだった1年の三学期。亮介に用事があって、隣のクラスに入ろうとした。その時、ちょうどが出てこようとした。オレはを避けようと右に動き、はオレを避けようと左に動く。もう一度オレが左に動くとは右に動いた。もう一度動こうとした時、は後ろに避けた。

「ごめんね、どうぞ」

 小首をかしげてオレを見上げて少し笑う。その瞬間、休み時間のざわついた教室の音が聞こえなくなった。
かわいーじゃん、と思った。顔形だけを見て、かわいいと思ったわけではなくて、その仕草や声や空気が。一瞬にしてその存在に心をすべて持っていかれたかのように魅了されてしまった。胸の高鳴りは初めて感じる甘いせつなさを秘めていた。

 夢の中にいるような浮遊感を感じて言葉が出せなくて、小さく会釈して先に中に入ると、もすれ違うように教室の外と出て行く。何となくふりかえって、その後姿をながめた。青道の女子ならみんな同じ服を着ているのに、初めて女子を見たような気持ちになった。

 その後、2年になって同じクラスになれた時には内心ガッツポーズものだった。同じクラスというだけで満足で、親しくなろうなんてこれっぽっちも考えてなかった。自然と目にはが映り、耳にはの声が聞こえた。それだけで十分だった。それ以上を望んだのがいけなかったんだろう。

 体育祭の種目決めでが大縄跳びに決まったのを知って、適当な理由をつけて無理やり大縄跳びのメンバーに入り込んだ。が一緒というだけで、テンションが上がった。いいところを見せたいと思って頑張っていた。本番前に練習しようと言い出したのも、少しでもと一緒にいたかったから。けれどそれがに負担をかけることになってしまった。

 大縄跳びの出番の前、の顔色が良くないのが気になった。

「何だ、気分悪ぃのか」

 額に手を当てて、ため息をつくが心配で、日を遮るように横に立って声をかけた。

「平気。暑いだけ」

 はオレを見上げると小さく笑った。けれどそれは心配かけまいと無理に笑顔を作っているような印象を受けた。

「そっか。水飲んどけよ。熱中症になんぞ」
「うん。あ、さっきね、二岡くんがリレーのことで話があるから、大縄跳び終わったら来てほしいって言ってた」

 二岡のヤツはいいヤツだ。にオレへの伝言を頼むなんて。口元が緩みそうなのを引きしめて頷いた。

「おう、行くわ。サンキュ」
「うん」

 話はそこで終わった。けれど、具合の悪そうなを放っておくことができなくて、せめて日を遮るくらいしてやりたくて、その場から動けなかった。ついでにせっかく隣にいるのだから、どうせならもっと話できたらなんて下心もいっぱいだったりする。気の利いた話なんて何もできないくせに、何か、何かと懸命に考えているオレに邪魔するかのように次から次へと声がかかる。

「伊佐敷!リレーの話聞いたか?」
「あとで二岡んとこだろ!」
「伊佐敷〜、クラブ対抗ってオマエ出んだっけ?」
「あー、クラブ対抗は1年が出んだよ」
「伊佐敷!!」
「あぁん?何だよ!コラ!」
「純」

 クリスが手招きしてオレを呼ぶ。クリスはオレがのこと好きだって知ってるくせに、いまいましい。クリスの声でこの距離では会話にならないことは重々承知しているオレは、ちっと舌打ちする。そのオレの表情にクリスは呆れてため息をついた。その様子にむっとして、オレはちらっとの様子を見てから、後ろ髪引かれる思いで、そこから離れてクリスの方へと向かった。

「何だよ、テメェ、邪魔すんじゃねぇぞ、コラ」

 クリスの目の前まで来て、他の奴等には聞こえないように小さい声で、文句をたれる。

「…が迷惑そうだったからな」
「迷惑…だと?!」
「当たり前だろう。隣でギャンギャン大きな声で叫ばれてみろ。嫌われたいのか」

 やれやれ、とクリスはため息をつく。もっともらしいクリスの言葉にオレは口を閉じるしかなかった。

「近くにいたいのにはわからんでもないが、相手のこともちゃんと考えろよ」

 ポンっと肩に手を置かれて、窘められる。オレのような男が簡単に好きになってもらえるわけはないのだ。好かれなくとも嫌われることだけは避けたい。

 ちらりとを盗み見る。さっきよりも顔色はよくなっているが、今度は少し顔が赤すぎる気がする。

 ほんとに熱中症になっちまうんじゃねぇか…?

 に水を、と思ったときにスピーカーが大縄跳びの入場を告げた。伊佐敷、と促されて「オラぁ!行くぞぉ!」と大きな激を飛ばす。出番が終わったら、何よりも先にに水を持っていって、話しかけようと心の中の決意も込めて。けれど、それは最悪の事態になって叶うことになった。

 競技の一回目が終わると、は口に手をあてて、うずくまった。をはじめ、女子はあまり負担のかからない真ん中に位置していて、端で縄を回すクリスの方を向いていたオレは、クリスに言われて気が付いた。

「純、の様子がおかしいぞ」

 すぐにかけよって、うずくまったその背に手をかける。

「どうした?」

 けれどはオレの問いかけに答えられなかった。ウっと小さなうめき声が聞こえて、あぁ、こりゃ吐く、と直感が告げた。すぐさま、自分の着ていたTシャツを脱いで、の手で覆われた口にもっていく。昼休みに着替えたばっかりだから、まだそんなに汗臭くはないはずだ。首を横に振るに、いいから持てってと無理やりTシャツを握らせて、そのまま抱えあげた。周りからは驚きの声とひやかしの声が入り混じって歓声があがる。けれどオレはそんなことにかまってる余裕はなかった。

 すぐに保健室まで連れて行ったが、その途中では何度か吐いた。部活で吐く奴等を幾度となく見て、もちろん自分も1年のときに何度も経験していることだから、特に気には留めなかった。けれどは申し訳なく思うのか、何度も何度も謝る。それが胸に痛くてしかたなかった。

 オレが本番前に練習しようと言い出さなければ、オレがもっと早くにの様子に気づいていれば…後悔が波のように襲ってきては、自分の不甲斐なさを責め立てた。



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20070418