遊び疲れて見上げた空を 第8話



 昨日、倉持から純とが一緒にいたことをきいて、少しほっとした。このままが吹っ切ってくれれば、オレは何も知らないままの振りですむのだから。けれどそんな浅ましさとは裏腹に純にすべてを任せてしまうことが心苦しいのも事実だった。そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、その夜になって、純に室内練習場に呼び出された。合宿中はさすがに自主練する部員もいない。

「オマエにも責任取ってもらうからよ」

 ニヤリ、と純は笑った。

「…何もしないんじゃなかったのか」
「しねぇ、とは言ってねぇよ。聞かねぇし、言わねぇっつっただけだ、文句あっか」
「…屁理屈だな」
「うるせぇ、八つ当たりくらいさせろってんだ」

 ケッと純は悪態をつく。その態度は一種の照れ隠しだということくらいわかっていた。結局、純はのことはもちろん、オレのことだってほっておけなかったのだろう。情が深いというか、お人よしというか、バカなヤツだ。

「今日、と何してたんだ?」
「…何で知って…倉持か…あのヤロー」

 純の眉毛が上がる。きっとこの後、倉持は絞め落とされるか、技をかけられるか、ただ無言で睨まれ続けられるか、何にしてもロクな目には合わないだろう。悪いことをしたかな、と思ったが、この際、とばっちりを甘んじて受けておいてもらおう。

「上手いっつってたからよ。キャッチボールしてみてぇと思ってな」
「そうか」
「ついでに…ふられといた」
「…そうか」

 先ほど純が言った八つ当たりとはふられたことに対してだったらしい。

「で、オレにどうしろと言うんだ?」
の気持ちを聞いてやれ」
「それは…できない」
「できねぇんじゃなくて、したくねぇんだろーが!」

 苛立ったのか純は声をあげた。人気のない練習場にその声が響いた。それにハッとして純は悪ぃと小さな声で言った。一息置いて、純はまっすぐにオレを見る。

「わざわざ、聞けとは言わねぇよ。が言おうとしたら、ちゃんと聞いてやってくれ」

 そんな風に見られては、素直に頷くしかできない。はうしろめたい気持ちがあったばっかりに、純のこのまっすぐな目が怖くて、避けていたのだろう。今のオレにはそのの気持ちがわかった。

「わかった」
「おう。立ち直れないくらい、存分にふってやれ」

 オレの罪悪感を払拭するように、わざと自分を悪く装うと、純は笑った。

 そして、今日。合宿が終わって、久しぶりの家に帰宅した。いつもなら真っ先に出迎えにくるの姿がなかった。母親があら、が来ないなんて珍しい、そう笑って洗濯物を手に戻っていく。

 久しぶりに自分の部屋へと入る。中央で仕切られた洋室は、昔は一部屋として二人で使っていた。いつ、この仕切りが作られたのだったか。
その仕切り越しに、おかえりとの声がした。

「伊佐敷くん、何か言ってた?」
「キャッチボールが上手いって誉めてたな」
「そ…。他には?」
「ふったらしいな。あれで意外にいいヤツなんだぞ」
「…知ってる。伊佐敷くんがいい人だって、ずっと前からわかってたもん。でも…」

 そこでは言葉を切った。しばらく沈黙のあと、そっちに行ってもいい?と控えめに尋ねてきた。があの言葉のあとに何と続けるか想像がついて、気が重い。けれど、純のあの言葉を思い出して、自分からの部屋に入った。

 の部屋にあまりにも久しぶりに入ったものだから、何となく落ち着かなかった。はそんなオレを見て困ったように笑う。

「あのね、私、てっちゃんが…てっちゃんのことを男の人として好きだったの」

 それが過去形だというところに、どのくらいの意味をは込めたのだろうか。

「そうか、オレもは大事だ…が」

 大事だということは紛れもない本心だ。は表情を変えずにオレをみつめていた。

「オレよりも、一番にのことを考えてくれるヤツをちゃんとみつけろ」

 そう、それが一番いいことだ。いや、それが当たり前なんだろう。は泣かなかった。純の存在がに覚悟を決めさせたのかもしれない。

「…それが伊佐敷くんだって?」
「それは、わからん。誰かはオレにはわからんさ。、オマエが決めることだからな」

 わからない、と言いながら、それが純であればいいと思っていた。いいや、きっと、は純を選ぶだろう。それは確信に近いもの。双子特有の人には説明することも納得してもらうこともできない、感覚で感じていた。

「だが、ソイツで困ったことになった時はオレに言え。何があっても助けてやるから」
「うん。…うん、ありがとう」

 は笑った。きっと今、オレも同じ顔をしているだろう。






20070401→0404改