遊び疲れて見上げた空を 第3話



 それは二年の一学期。始業式の日のことだった。11時には終わってしまって1時からの部活にはまだ時間があった。寮生は一度寮に戻ったが、自宅組は教室で時間をつぶしていた。オレは寮に戻らずに、自宅組のやつらと教室でゲームに夢中になっていた。

「なんだよ、純、勝ち逃げかよ?!」
「休憩、休憩。いつでもリベンジ受けてやる」

 勝つだけ勝ってゲームを順番待ちしていたヤツに交代して、気分良く窓際の席にふんぞりかえる。春のやわらかい日差しが気持ちいい。ふと、外に哲の姿をとらえた。ベンチに横になっている。すでに練習着に着替えて帽子で顔をおおっている。それでも哲だとわかるのは付き合いの長さか。

 あのヤロー、いい場所知ってんじゃねーか。

 教室でこれほど気持ちのいい日だ。外のベンチならなおさらだろう。気持ちよく寝ているんだろうと思うと邪魔したくなる。それが友情ってもんだ。

 哲、と叫ぼうとした時、目の端に誰かが哲に走りよってきたのが見えた。女子の制服。だ。二卵性ということで、男女の差もあり瓜二つではない。けれど逆に遠くから見ると同じ空気を纏っているのがわかるから双子は不思議だ。

 走りよったは哲のすぐ近くまでくると、ぴたりと足を止めた。寝ているのを確認するように覗き込む。しばらくそのまま動かない。

 教室の中はゲームがさらにヒートアップして騒々しいにもかかわらず、オレの耳はが息をはく音をとらえた気がした。なぜか二人から目が離せない。ただ、双子の兄妹がそこにいるだけなのに。

 風がざぁぁっと木々を揺らして通り過ぎていく。その瞬間。は哲の頬にキスをしたのだ。

「はぁ?!」

 驚いて、思考が動くよりも先に叫び声が出た。しまった、と思ったけれどもう遅い。は目を見開いてオレを見た。

 兄妹でキスなんて、外人の家族でもあるまいし、気持ち悪い。それとも結城家ではあたりまえの習慣だとでもいうのだろうか?いいや、そんな習慣があれば珍しくて話題になっているだろう。あるいは、実は血がつながってないとか?それこそ血がつながってないなんて話は聞いたことがない。例えそれを隠していたとしても、生まれた時の話を哲に聞いた気がする。が先に出てから哲は広くなった子宮の中でくるりと体を動かした。そのせいで、へその緒を首に絡ませてしまって、医者が大慌てしたとか、なんとか。これを両親が作った話だというなら出来すぎもいいところだ。

 そして、何よりもの顔が物語っていた。見られたくないものを見られた、と。それ以来、追及されたくなかったからか、は何かとオレを避けるようになった。いつのまにかがオレを嫌っているということは誰もが知ることになったが、腹立たしいのはまるで理由がオレの方にあるかのようにうわさされたことだった。

 一度だけ、に嫌味を言ったことがある。オレが悪者みたいなんだけどよ、と。するとは泣きそうな顔をして、ただただ、ゴメンと繰り返した。その時のの様子があまりにもやりきれなくて、オレは何も言えなくなった。ただそのことがオレの胸の奥底に、見守るというほど温かくもなく、支えるというほど献身的なものではなく、哲が好きだというをありのまま受け止めるというだけの、決意をもたせた。

 そして、その後もはオレを避け続けた。にとってオレは、自分の罪を自覚させる象徴になってしまったのだろう。どんなに隠したって、オレが知っているんだと、責めるつもりなんてオレにはなくても。



 食堂から教室に戻ってきて、口にストローをくわえたままだったことに気づいた。御幸に飲み干してつぶした牛乳パックと一緒に押し付けたつもりだったのに、忘れていたらしい。

 のことを考えると少し他のことに気が回らなくなる。

 バカな女だと思う。哲は兄で、それ以上になることはないのに。どんなに願ったって、哲がを女としてみる日などくることはないのに。それでも健気に哲の傍で笑うのだ。

 そんながたまらなく煩わしく、たまらなく、愛おしいと思う。そんな自分もかなりバカな男だといまさらながら思う。






20070302→0330改